1997 年夏のことです。
ある高齢者在宅サービスセンターを視察したときに、椅子の肘にペットボトルを上下に切ったものをくくりつけているのを見て、何だろうと疑問に思いました。
施設の方に聞いてみると杖を立て掛けるために取りつけたとのこと。
実際に使った人でないとわかりませんが、杖というものは、案外置き場に困るものです。
他の施設でも同じように杖の扱いに困っているのだろうと思い、これは製品化できると直観しました。
しかし、実際の製品化はそう簡単ではありませんでした。
木製の肘の部分をくりぬいて内側に杖を立て掛ける機能をつけられないか。が、くりぬいただけでは、杖はすぐに滑って倒れてしまう。
くりぬいた中に何かを入れたらどうか。しかし、堅いものでは劣化し折れてしまう。
工場と相談し、試行錯誤の末、柔らかいシリコンゴムにたどりつきました。
これで杖は、倒れなくなったのです。
こうして1998 年に製品化、販売を開始した福祉用椅子は、その後も現場のニーズを取り入れ、数々の改善が加えられました。
たとえば、椅子の上で胡坐をかけるようにして欲しいという要望もそのひとつ。
これには、肘掛部分を曲げて短くする( ショートア-ム) ことによって対応しました。
現場からは「すごくいい椅子を作ってくれた」と感謝されました。
私が思っていなかった副産物もありました。
肘掛の長さが半分になったことで、車椅子から椅子への移乗が、座ったまま横にお尻をすべらせるだけででき、ヘルパ-の作業を大幅に軽減することになったのです。
これは最大のセールスポイントになりました。
もう一つは椅子の張り地です。
当初は、風合いがよくて喜ばれるのではと布地を採用していましたが、現場では、排泄の汚れや臭いが残って取れないと不評でした。院内感染の問題もあります。
張地屋さんに相談すると、耐薬品性・防汚性・抗菌性の機能を付加したビニールレザーなら中性洗剤で汚れも臭いも簡単にとれ、院内感染防止のアルコール消毒も可能とのこと。
これを採用しました。現在ではこの機能が付加されたビニールレザーのシェアが最も大きくなっています。
椅子の高さも改善しました。
当初の製品の座面の高さは40cm と41cm でしたが、高齢者施設の利用者の3 分の2 を占める女性の平均身長(150cm)に対し高すぎる。そこで、36cm の製品を開発しました。
脚部をカットすることで加工費がアップしましたが、あえてカタログ商品にすることにより同一上代にしました。
その結果現場での評価は高く、現状総販売本数の、約25%は座面高さ36cm の製品です。
福祉椅子は、現場で困っていることは何か、いかにヘルパーの作業を楽にするかの二つを徹底的に追求し、かつ高品質・低コスト・グットデザインも実現した製品開発です。
これは全ての製品開発に求められる視点ではないかと思います。